秋風やわすれてならぬ名をわすれ 久保田万太郎
「秋風や忘れてならぬ名を忘れ」だと、名前をわすれた相手が、仕事や親族や友人等、日常的に会っている人の名と解釈する読者もいるでしょう。でも、ひらがなで「わすれ」と書くことで、名前を忘れた相手が女性だったことが読み取れます。日本語ってホントに不思議ですね。万太郎60歳頃の作品ですが、物忘れが多くなったことを嘆いたユーモラスな作品と読んで欲しくはありません。掲句で描かれているのは、その人の名前すら消し去る「時間」の残酷さなのです。(『昭和俳句作品年表』東京堂出版)(北野和博)