路地裏を夜汽車と思ふ金魚かな 摂津幸彦
その金魚は長屋の窓辺の水槽で生まれ育ちました。小さな水槽が彼の世界の総てです。でも、いつか、水槽を出て知らない世界に行ってみたい。そんな時、水槽のガラス越しに飼い主と誰かが話すのを聞いて、夜汽車というものがある事を知ったのです。どうやら人間は夜汽車と云う汽笛を鳴らす物に乗って、遠い旅に出るようです。でも、夜汽車とはどんな形をしているのでしょう。金魚から見えるのは時折開く窓からの路地裏の窓明かりだけです。そんなある夜、開いていた窓から外を眺めていると、遠くからあの汽笛の音が聞こえてきました。そうか、いつも見ていたあれが夜汽車だったのか。そう思いながら金魚はいつまでも路地の明かりを見つめていたのです。それにしても、映画「ファインディング・ニモ」よりもずっと前に、俳句でこんな優しくも悲しい寓話が作られていたとは、きっと作者は優しい心をお持ちだったのでしょう。(「現代俳句協会ホームページデーターベース」より)(北野和博)