うすらひや遅れて知りし知人の訃 岡本眸

 

 

「遅れて知りし」とは、「うすらひ(薄氷)を見た後に知った」、という意味では無い。それでは、詩として成立しない。作者は今、薄氷を見ているのだ。薄氷を見ながら知人の顔を思い浮かべ、それから故人である事に気づき、そしてその死をどうやって知ったかを思い出しているのだ。遅れて知るくらいだから、そんなに親密な人ではなかったのだろう。薄氷の張る冷えた朝は、神経が研ぎ澄まされ、様々な事が心に浮かんでくる。(『朝』2002年6月号)(K・K)