羅やいつかわが手に指輪なし 高橋淡路女

羅は「うすもの」、夏用の薄い衣類。掲句は単純そうで、人によって解釈に大きな幅があります。「指輪なし」をどう読むか。主人公が既婚者とするなら、日々の生活の中で指輪を付けなくなっていった、という生活を詠んだ句になります。寡婦なら、死別または離婚後の歳月に思いを馳せた句ということになる。また「いつか」には「いつぞや」の意味と「いつの間にか」という二つの意味があり、掲句の場合どちらでも成立します。それが、冒頭に書いた句意の解釈の幅につながっているのです。現実の作者は新婚ご直ぐに夫と死別し、掲句が発表された昭和25年にはすでに晩年に差し掛かっています。「いつか」は「いつの間にか」であり、「いつの間にか」は、過ぎ去った年月の早さを思う「いつの間にか」です。さらにややこしいことを云うと、死別して直ぐに指輪を外したとは限りません。「いつか」指輪は外されていったのです。徐々に薄れてゆく絆への想いも、この「いつか」には込められているのです。でも、発表した時点で作品は作者の手を離れます。どうか読者はご自由にお読みください。羅の布地の肌への感触から指輪への連想が秀逸。『昭和俳句作品年表』東京堂出版)(北野和博)