夏座敷へと水音の運ばるる 小澤克己

はて。「水音」とは。文字通りせせらぎの音でしょうか。では、作者はどこに居るのでしょう。座敷にいるなら「夏座敷まで水音の運ばれ来」となるのが普通ですが、どうも作者は運ばれる水音を見送っているようです。私は作者はせせらぎ添いにいて、川辺の座敷に風が流れてゆく様子を写生したと読むとしっくりきました。見送る「水音」を風が運んでゆくのです。単純そうに見えて、けっこうややこしい句ですね。もちろん水音を夏料理の涼やかさの比喩と読んでもOK。いろいろ読めて、そこが俳句の面白さですね。(『遠嶺』1999年月5日号)(北野和博)