誰も弾かぬピアノの上の夏帽子 山口彩子

作者はなぜ「誰も弾かぬ」と知っているのでしょう。多分自分の家のピアノだからです。つまり「誰も弾かぬ」は「誰も弾かなくなった」という想いが込められています。成長した子供たちへの想いと、その上の夏帽子。この夏帽子誰の帽子かな。さてこれから別解釈。どこかの場所にピアノが一台。夏帽子はピアノの主の忘れ物。主人公はピアノの主が戻ってくるのをじっと待っています。でも、多分戻っては来ないでしょう。あの夏の日の私のように。(『現代俳句歳時記』学研)(北野和博)